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I am the master of my fate.I am the captain of my soul.

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風立ちぬ をみた。

機会があったので風立ちぬをみてきた。

僕は高校の頃シネマニア同好会だったので、映画に関しては普通以上に詳しいつもりだ。

とはいっても見る映画には偏りはあるし、沢山見ているわけでもない。

それでも、風立ちぬは素晴らしかった。

これは表現できない。

Beyond Description

Genuine art cannot be described by words.

本当になんとも言えない。

レビュー書いている人はすごいと思う。

あの映画を表現できるほどの素晴らしい頭脳を持っているのだから。

僕にはそのような才能はない。


あれは、本当にたくさんの人に見てほしい。

だけれど、かの映画はトトロのようなものでもないし、それに次ぐジブリ映画ではない。

宮崎駿映画だ。


伝説に残る映画だと思う。

今まで邦画は人を死なせてわんわん泣くってのが一つの流れだったが、

それをこれはガラッと変えた。


表現するとしたら、美しい。綺麗。そのような形容詞がベターだと思う。


これほどにまで残酷なはずなのに、とってもきれいだ。


申し訳ないが、この映画はおそらく日本人にしかわからない。

というか、外国にはこのような概念は存在しないだろう。

何とも言えない、せつなさ、悲しさ。しかしそれゆえ際立つ美しさ。


なんか、日本っていいなぁと思ってしまった。



あと、声優が批判されている。

あれは声優に詳しくない俺でも下手だってわかるぜwwwwwwww


とか言っている人もいる。

でも、本当に下手なのだろうか。


本当に初心者を宮崎駿が起用するとは思えない。


そして、あの声だからこそ風立ちぬは

綺麗な映画になるのだ。

あの不器用な感じ。

確かに、綺麗に作られた声に慣れている人は聞くに堪えないかもしれない。


しかし、あの声だからこそ、描ける世界があるのだ。


納得いかなかった人はもう一回見てほしい。

それでもわからなかったら少し間を置いてまた見てほしい。きっとわかるようになる。


あんまり僕は映画では泣かない。

泣くこともあるけどww


でも、映画館のトイレでわんわん泣いてしまった。

めちゃくちゃあの生き方が共感できた。

あのせつなさ。

夏の切なさ。


もうみんなみろよwww

みなきゃやっぱわかんねぇよw


でも、もし少しでもわかったり、共感できたりすればもう。

俺のいまの気持ちがきっとわかるぜ

じゃあな


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昨日のつづき

塾講師をやめるか否か、今日行って変わってしまった。

まず、塾が嫌だったのは、勉強が嫌いな子を無理やり教えるというところ。

量産型日本人を作る意味はないと思っているからだ。


でも、やはり生徒に情を持ってしまった。

彼を変えてやりたいと思った。


しかし、現状を分析してみた。

留学に行くまでおそらく彼に会えるのはよくて48回だろう。

そのうちに変えることができるのだろうか。そしてそれは現実的なのか。

変えるとはどういうことなのか。自分の中でここまで未完成なのにそれを達成できるだろか。


人を変えるということはとてつもなく大きなエネルギーを必要とする。

そしてそれ相応の大義を。


両親の顔もわからない状態でそんなこと可能なのか。

そもそも情によってコントロールされている時点でそのような必要はないのではないか。


ネカフェでバイトしよう。

続きは、もう少し考えよう。

つづき

まったく知らないJKとチャットしてた。

したいことをしろって言われた。

その通りだと思った。

逃げてるって言われてもいい。

今一番したいことをする。


マディバの好きな詩を思い出した。

I am the master of my fate. I am the captain of my soul.

自分の人生だ。

俺は塾講師をやめようとここまで考えた。

ならやめる。そして後悔したのなら、またほかの塾でやればいいさ。


塾で

都合が悪い時に社会人がいう言葉がある

「社会に出たらこんなの普通だよw」

みたいな感じ。


そうらしいですね。日本の大人は毎日ストレスを抱えながら生きているみたいです。ほかの道もあるのに。そんなサラリーマンで楽しいですか?一度きりの人生をそんなことに使ってもったいないとか思わないんですかね。

塾講師をやめようと思った時に言われて

あぁ、むいてねぇなと思った。

年上講師が僕の悪口を裏でいう。
確かに異常な授業だったと思う。でもそれが僕のアイデンティティだった。

授業は楽しんでやる。これがモットーだ

それを阻害しようとするなら僕はやめるお

もういいお。君たちだけで伸びる生徒を育てればいいお。


そんな社会で生きたくないお。周りを気にしながら生きたくないし、全員と上手くやっていけるとは思えない。嫌な人とも仲良くしなきゃいけないんだよwww

んなこと知らんわ。

一方的に悪口を言いだす人がいる職場は僕がさけます。

居酒屋に逃げます。

これは逃避だととらえられるだろう。

嫌なことから逃げたwwwwwらふぇ逃げたwwwwww

でも、いいさ! 

孟母三遷さw

自分に一番合うところを見つけ出してやるお。


明日行ってみて結論をだそう。

評価基準は

1, ここでやっていけそうか
2, ここで僕は成長するか。
3, Amherstの松谷先生みたいになれるか。

稼げないからやめよう。
まだ教えるには早すぎるし、あそこでProと自覚したくもない。
あぁあぁぁぁああ。

なんか自分の思想をshareできるバイト先ないのかな。

もう三か月いたから満足かな。

つづき

テストでよい点数を取る人は、良い人ですか?


多くの人はNoと答える。数字が人格を決定する要因の一つとして受け入れられても、それだけが決定するわけではないのだから。

それでも、数字は大きな割合を占めるだろう。

年収300万円のカップルと

年収1000万円のそれでは、どちらが幸せなのだろうか。



場合によるだろう。しかし、前者のほうが圧倒的に幸せだと感じている割合が高いようだ。



というか、お金を幸せの基準にしていること自体が人間を不幸にしていると思う。

なぜ、ここまで意味のないものに人間は何千年も囚われ続けているのだろうか。

なぜ、お金より大事なものを見つけることができないのだろうか。


貴方は老後を気にして、貯金をし、毎日節約する生活を定年まで続けたいのか?

それとも釣りバカ日誌のハマちゃんみたいに釣りに大きな情熱を注ぎ、そのときだけであるが、幸せと感じられる人生を送りたいのか。


よくわからないが、みんな資本主義にのみこまれすぎだと思う。
資本主義って結局は弱肉強食。