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I am the master of my fate.I am the captain of my soul.

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インビクタス‐負けざる者たち‐をみて。

今日は映画を見ました。

インビクタス‐負けざる者たち‐


知ってる人、多いと思います。

感想を書きます。

僕はこの映画をみてたくさんのことを思いました。

1、人種差別について。
僕は黄色人種です。白人がかっこいいと思い、黒人は気持ち悪いと思います。
つまり、白人とはSEうXしたいけど黒人とはしたくないでしょう?
そんな気持ちであります。それは映画を見た後も変わりません。
なんとなく感じる不快感。
気持ち悪い虫を見ているような感覚。(黒人に対しての感情ね)
だから、僕はアパルトヘイトが行われたのは当然だと思う。

多くの日本人は人種差別は良くないと知っている。
人種のサラダボウルなんて言葉を小さいころに覚えさせられた記憶が多くの人にあると思う。

だから、あくまで知っているの領域を出ないのだ。

日本人はどこか上の空な感じがする。なぜならば、黄色人種だと言われ、差別されたことがないからである。


差別は良くない。差別は良くない。...と教え込まされる。
日本では、なぜ良くないのか。を教えないのだ。(少なくとも僕は教えてもらってない)

差別はいけないことですか?って街頭でインタビューしてみたとする。
大多数の日本人はいけないと答える。
でも、理由まで答えられる人は何人存在するのだろうか。

カントの定言命法だよ。っていわれてしまえばおしまいであるが、
果たしてそうなのだろうか。道徳的に、人間的にいけないと分かっているから駄目なのか?

ここで、僕の小さいころの親からの教えを紹介する
「相手の立場に立ってみなさい」

僕たちは、本能的に差別はいけないことだと知っていると思い込んでいるが、
それは、小学校教育の弊害であり、あくまで知識だ。(太陽は赤いなどと同じように)

なぜ、カントの定言命法が有効なのか。それは知識と知っているのではなく、
一人の人類として体験したからなのだと思う。(多かれ少なかれ)

差別は良くないと子どもに教えるときに、先ほどの教えを活用すると、スムーズに教えることができると思う。
実際に差別されたときの感情は忘れることのできないものであり、大きな不快感を子どもに与える。

君は、そんな感情を持ちたくないだろう。だから相手にも同じことをしてはいけないよ。

という教えなのである。

で、やっぱり理由を答えられる人は少ないんじゃないかな。というか、理由を答えられる人は分かってないと思う。だってそれは定言命法だもの。

2、ネルソン マンデラ
とても心の広い人だと思った。
日本語はとても不自由だと思う。

なんというか修飾語にパワーがないと言うか.... まぁそれを言い出したらキリがないんだけどねww

まぁ、でも僕らの想像を超える心の広さだと思う。
Beyond Descriptionの方が伝わるねww 高校英語すごいwwwwwwwwwwwwwww

約30年間、監獄に囚われたのにも関わらず、他人を許すという教えを忘れなかった。
に、加えて、その心は誰よりも広かった。

本来ならば逆のことが起こるはずである。

他人を憎み、決して許さない。私の30年を返せ。となるはずである。というか当然そうなる。

でも、彼はその逆の道を進んだ。


なぜだろうか?なぜ想像を絶する仕打ちを納得のいかない理由で受けたのにも関わらず、人間的な倫理感をはぐくむことができたのだろうか。

答えを知りたいが、僕には分からなかった。映画にも言及されてなかった。だから、彼の本でも読んでみようかと思う。

でも、ヒントのようなものはみつけた。

 


私を覆う漆黒の夜

鉄格子にひそむ奈落の闇

私はあらゆる神に感謝する

我が魂が征服されぬことを


無惨な状況においてさえ

私はひるみも叫びもしなかった

運命に打ちのめされ

血を流しても

決して屈服はしない


激しい怒りと涙の彼方に

恐ろしい死が浮かび上がる

だが、長きにわたる脅しを受けてなお

私は何ひとつ恐れはしない


門がいかに狭かろうと

いかなる罰に苦しめられようと

私が我が運命の支配者

私が我が魂の指揮官なのだ



 


映画中に出てくる詩である。ウィリアム アーネスト ヘンリーという英国の詩人であるらしい。

これをヒントに考えてみる。ちなみに最後の二行が大ヒントっぽい。


今回はここまでかいておしまいにしようと思う。まだまだ分からないことだらけ。
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